スタッフダイアリー

イブの苦い思い出

設計部 園部 博(そのべひろし) 自己紹介へ
2020/12/24(木) 設計部 園部

昭和55年福島県の大雪

”昭和55年12月24日”のことですが、当時私は大学生で福島県におりました。24日ともなると大学の講義はほとんどが終了しており、講義の無い学生はすでに帰省し始めてていましたが、私は友達の誘いもあって24日はクリスマスケーキの配達助手のバイトをするため下宿に残っていました。当日は早朝の4時起きで配送所に行き、そこで配車のトラックに乗り、店舗へクリスマスケーキを配送するお手伝いの簡単な臨時バイトのはずでした。早朝の配送所へ行く道すがらは雪がぼそぼそと降り始めてはいましたが、この後の悲惨な状況など考えるすべもありませんでした。

配送トラックが出発したのは5時過ぎぐらいと記憶していますが、最初の2~3件回ったあたりまではチェーンをつけ普通に走れていたトラックでしたが、4~5件目ぐらいには雪による立往生渋滞に巻き込まれだし、8時を回ったあたりで橋や陸橋手前で、坂を登れず止まってしまっている車や動けないまま乗り捨て状態の自家用車などが現れ始め、ケーキ配達が厳しい状況になっていました。それでも運転手さんはゆっくりと車を進め午前中で何とか半分くらいは配達をしたと思います。

事情が事情なだけにこれで配達を断念するかと思いきや、昼食をごちそうになった後もさらに配達を続け、垂れ下がった電線を持ち上げさせられなどしながらも配達を継続しました。そうしているうちに、走っている車などいない状況となり、午後の配達は午前とは比べようもなく早く片付けることができましたが、配送所へ戻ったのがすでに4時でした。とんでもないバイトとなってしまいましたが、帰り道も往き同様友人の車で送ってもらったのですが、少し進むと雪に遮られ、車から降りての車押しをしながらで、下宿にへとへとになりながら帰りついたのはもう6時を過ぎていたと思います。

帰り着くと一帯は雪による断線停電で真っ暗でしたが、私の部屋だけが明るいのにビックリ。                                  下宿の居残り組が皆私の部屋に集まって、ローソクや懐中電灯を持ちより、待っていてくれました。暖は電気ストーブやこたつは使えないため、石油ストーブのみで皆でこのイブの夜を過ごしました。この降雪は夜半には止み、翌日は天候も回復はしたのですが電線垂れ下がり、断線による停電は復旧せず、また除雪が進まず、翌日も停電が続いていたため、更に孤立状況でしたが、下宿の仲間で助け合い、食料や石油を持ち寄りその晩も私の部屋で過ごしました。

今では仲間のありがたみを感じる良いエピソードですが、あまり経験したくないエピソードです。

クリスマスイブというと毎年この時のことを思い出しています。

 

 

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